風鈴会/一般講座資料 (2009年5月23日分)


「本因坊秀栄から軽やかさを学ぼう」 

「黒:田村保寿(後の本因坊秀哉)・本因坊秀栄」

明治31年(1898)10月16日

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黒、田村保寿 対 白、本因坊秀栄

秀栄の柔軟な着想と明るい形勢判断が、成長株の保寿の勢いを封じ込んだ白番の名局。

179手以下略、持碁

○本因坊 秀栄(ほんいんぼう しゅうえい、嘉永5年9月20日(1852年11月1日) - 明治40年(1907年)2月10日)

十三世林秀栄、十七世、十九世本因坊、名人。生国は江戸。法名は日達。

本因坊秀和の次男で、本名は土屋平次郎。林家十三世を継ぐが、方円社に対抗するため本因坊家に復帰、五段で十七世を継ぎ、林家を絶家とした。

明治後半において名人中の名人と謳われ、その平明な棋風は現代でも高く評価される。2008年囲碁殿堂入り。




●本因坊 秀哉(ほんいんぼう しゅうさい、1874年 6月24日- 1940年1月18日)

東京都出身。本名は田村保寿(やすひさ)。名人。家元本因坊家の21世で、終身名人制の最後の名人。法名は日温。

引退後に本因坊の名跡を日本棋院に譲渡し、選手権制の本因坊戦創設に導いた。棋風は力戦に強く、「序盤に策あり」と言われた。2008年囲碁殿堂入り。


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