小倉節生の上海レポート/2005


2005/12/26 更新

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内モンゴルにて


 
上海Report−12月


2005年12月26日 9:35

  上海日記 − 中国医学   2005/12

                          Renesas 小倉 節生

 皆さん風邪をひいていませんか?寒くなってきましたね。
上海は東京より絶対寒いです。

 今回は、中国医学を初めて訪問してみた。私自身は上海での1年8ケ月の間、
今のところ全く医者に行く機会がなかったのですが、今回は知り合いの人のお
供である。

 場所は薬局の3階である。3つ部屋があり3人のお医者さんが得意の分野で
患者を診るシステムである。毎日先生は替わり、その先生の専門分野と写真が
貼ってある。数人のお客さんが待っている。多分いつも診てもらっている先生は
固定しているのであろう。

 入り口で診察料60元を支払い部屋に入る。部屋といっても机が一つおいて
あるだけ。4人が入ると満杯程度の部屋で、机の上には一輪の花があるのみで
ある。因みにこの先生は医学博士である。

 まず問診から始まり、色々なことを聞く。「若い時肝臓を患った、最近は問題
ないが疲れやすい、数年前交通事故でぶつけられムチ打ち、など」。その後脈を
診る。右手、左手の両方である。肝心の「おなか」などは触りもしない。

 診察結果は今は特に問題ないようであるが、決して無理をしないように。また、
体力が落ちているようなので「膏方(ガオハン)=漢方薬」を作ってくれることに
なった。
 この漢方は冬に飲んで体力をつける。吸収がよいのだそうだ。夏場は飲まなく
てもよいとのこと。それから処方箋を書き始めたがこれが凄い。勿論漢字である。
薬草などを丁度50種類をスラスラと。何を書いているのかわからないが。

 因みに1,288元(約18,000円)、高いのか、安いのか判らないが・・・。

 1週間後に取りに行くと、約2Kg弱で全くのゼリー状態(大量の「コーヒーゼリ
ー」を想像してください)のものが鍋のようなものに入っている。注意書きを読む
と、1日、朝晩2回スプーンで一杯づつ、またこれを飲んでいる間はコーヒー、刺
激物、大根、緑豆がダメと書いてある。結果は2カ月後くらいにはわかるだろう。
 最近、体力の落ちている人は一度上海に来て見てもらうのもよいかもしれな
いですね。

 もう一つ、今回上海にきた知人は大変な「健康オタク」であり、トランク一杯の
薬をも買っていった。勿論、全部漢方薬である。あるものなどは日本の半分以
下の値段だとのこと。
 買うとき薬剤師の方といろいろ話をするのですが、大体はすぐには効かず、あ
る期間飲み続ける必要があったり、体力増強が主だったりする。

 上海は殆ど大都会化、西洋化されているが、こんなところでなんとなく中国を
見つけることができた。小生も「水虫の薬」を買った。因みに中国語では「香港
足」というのだそうだ。

 これが2005年最後の「上海NEWS」となります。
上海の街角では(中国ではといってもよい)「旧正月」が本当のお祝いであり、
その時は1カ月程度休んで田舎に帰る人がほとんどです。

 昨日はクリスマスでした。お店の窓ガラスにはいろんな飾りがしてあり、贈り物
商戦を煽っています。見ていると若い人の一部の人だけでイマイチ、ノリがわる
いように思います。
 当然、1月1日についても反応は鈍く、お店は休みもなく普通のようです。

 そんな中、突然上海政府から今年の正月休みは1月1日〜1月3日というお触
れが回ってきました。
わが社はもともとは12月31日〜1月2日までとしていたのですが、当然変更とし
ました。12月31日は土曜日ですので、振り替えとなり実質休日は1日だけです。

 みなさん良いお正月を!来年も皆さんにとって良い年でありますように!
 来年もよろしくお願いします。




 
上海Report−11月


2005年11月30日 18:35

  上海日記 − 上海路上物売り   2005/11/30

                   Renesas 小倉 節生

 皆さん風邪をひいていませんか?、寒くなってきましたね。

 上海も随分寒くなってきました。そろそろコートが必要です。気温はほぼ東京、
高崎地区と同じで最低〜最高は5℃〜13℃くらいです。北京では寒い日はマイ
ナスになるようになってきました。

 北京では寒い上に乾燥しているので、ドアに触ると「バチッ!」、車に触ると
「バチッ!」。日本人には加湿器が必須商品のようです。また女性陣は皮膚の
潤い確保に大変なようでもあります。

 中国は広くて出張に行くときは着る物には充分注意が必要です。いつも寒けれ
ば「向こうで買えばいいや!」、なんて気軽にでかけるクセがあるため、すでに
ジャンパーが3着増えました。「安いからいいか」、なんて自分を慰めています。

 さて上海での路上(その1)ですが、街路樹(広葉樹)の葉が半分くらい落ちて
いる状態で、おじさんが車道・歩道にもかかわらず一生懸命、掃除をしています。
「大変だなー」と思うのですが、上海人はところかまわずゴミを捨てるのです。
まあ、失業対策の一環と思えば、公衆道徳なんてものは細かいことなのかもしれ
ない。

 朝晩この寒空でも路上で物を売っている人は沢山いる。いつもこれで商売が成
り立っているのか不思議に思うが、いつも売っている。

 上海の最低賃金(勤めている人だけに適用される)が750元だから、一日30元
あれば生きていけるのだ。後で出てくる「ミカン売りのおばさん」は利益率20%と
すると一日の売上は150元の売上でいいことになる。1個、0.8元(これは小生
の様な人の良い日本人向けの価格であろうが・・・)とすると大体200個くらい売
ればいいのだ。フンフン。

 木賃宿では1ケ月、150元(1部屋数人)、食事1日10元だと500元あれば生き
ていける勘定になる。でも、夜11時ころまで売っているから、もう少し大変なんだ
ろう。雨の日もあるだろうし。

 上海市内の道路にはほとんど歩道がついている。しかし自転車置き場だったり、
物売りで占めていることが多い。これも上海、いや中国文化である。この中国路
上ビジネスを見ているとあきることはない。

 今なんといっても旬なのは「ミカン」と「やきいも」と「シシカバブ」である。
先日食事の後、ミカンを買ってみた、中くらいので1チン(斤:500g)で3元(最近、
円安で1元は約14.5円)。普通の店で買うより少し安い。
「もう少しまけろ」と交渉したが顔が笑っていて真剣味がないので、大声でまくした
てられ諦めた。4ケで3元(42円)ですし、おばさんの生活もあるだろうし。
優しい日本人だ!

 味は、一応味見をしているが問題なくgoodである。
 「焼き芋」が自転車の荷台で売られている。これはどういうわけか、お兄さんが
多いように思う。お客がおばさん中心だからかもしれない。もしそうなら、すばらし
い市場主義だ。
 少し見習ってほしいレストランが多々ある。まさに文化大革命時代の「農民に学
べ」だ。
 もとに戻して、この「焼き芋屋」さんはバス停の付近に多く、いい匂いで客を誘っ
ている。また「ミカンおばさん」より競争相手が少なく、いい商売なんだろうと思う。
こぶし大の大きさで1ケ3元くらいだ。これを買ってバスの中で食べている人もいる。
我輩は買ってみたいが、「紳士ぶって」上海ではまだ買ったことがない。

 もう一つ、夕方「シシカバブ/羊の肉の串焼き」が路上でパタパタと団扇をあおぎ
ながら、一本5元くらいで売っている。これは店の前や、近くの「出店」のようなもの
が多い。これに「パン」もしくは「ナン(カレーと一緒に付けて食べる、平べったく丸い
もの)」のようなものと、一緒に売っているのもよく見かける。
 熱を通しているので問題ないと思って何度か食べたことがある。実際、問題発生
していない。しかし、わが社の女性陣は「不衛生だから」と一様に評判良くない。
「焼き芋」と大差ないように思うのですが・・・。




 
上海Report−10月 (No.2)


2005年10月23日 23:44

  上海日記 − 山西省への旅   2005/10

                          Renesas 小倉 節生

「今年の国慶節どう過ごすか?」
10月4日から日本に帰ることにしていたので、10月1日から3日までである。
「上海でのんびりもいいか」、と思っていたのが、急に北京の友人から「大同の
雲崗と五台山」に行かないかとのお誘いをいただいた。

 この雲崗の石窟は世界遺産でもあり、中国人の間に入っての旅もよかろうと
思い、出かけることとした。実際には自分の中国語のレベルの低いことを再認識
してしまうことになってしまった。

    ◇   ◇   ◇

 北京に到着したのが1日の昼過ぎ。車を2泊3日の貸切。結果として約400Km
で3,000元(約3万9000円)、参加者で割るので格安の足が確保ができた。

 まず北京から西に約4時間半(約500Km)高速道路をふっ飛ばす。国慶節だか
らかなり混雑することを覚悟していたが、いささか拍子抜けするほど車が少ない。

 夕方5時すぎ大同市に到着した。いや寒い。温度は確実に10度前後であろう。
余り寒いので、長袖のシャツと厚手のジャンバーを買った。因みに上海では半袖
であった。

 食事にでかけることにしたところ、交通マナーの悪さは上海でなれていたはず
だが、はるかに上。歩いて道路を横断するのは命がけである。「横断歩道?」、
そんなものは見当たらない。

 タクシーの初乗りは5元、さらに1元の三輪バイクも随分走っている。案内の人
によるとこの地区の平均給与は500元程度。食堂のウェイトレス女性の場合約
400元とのこと。上海と比べると1/2〜1/3である。改めて中国たるところだ。

    ◇   ◇   ◇

 翌朝、7:30出発でまず世界遺産で有名な「雲崗石窟」である。
ここは北魏(5世紀)に約100年かかって歴代の皇帝が岩山に「お釈迦様を筆頭
に仏教に関する彫物」を作った。

 1〜4窟は未公開、5窟〜20窟が公開されているが、どれも見事である。5、6窟、
特に6窟と20窟が見事な出来で保存がしっかりしている。これだけのものを彫る
信心深さ、財力には感心する。

 しかも1500年前のことである。砂岩であり軟らかい岩であるから彫りやすいの
であろうが保存は逆である。今でさえこれほど立派なのだから出来た当時はさら
にすばらしかったであろう、と感嘆、背の高いものは10数mもある。

「新疆ウィグル地区の仏像」や「アンコールワット遺跡の仏像」は後世のイスラム
教により傷つけられ痛ましいが、ここはほとんどそのまま残っている。

 ここで81歳の千葉県から来た老人と会った。北京から7時間半もかかって列車
に乗ってきたとのこと。杖を突きながらである。しかも中国語はできない。なんとも
日本老人パワー健在である。

    ◇   ◇   ◇

 その後、「懸空寺(シェンコンスー)」という、岩山にへばりついた寺である。よくも
こんなところに作ったもんだ。離れた所からみると岩山に書いた「絵」のようなもの
だが、実際に昇ってみると狭いながら立派なお寺である。

 これまた信仰の篤さには驚嘆するものである。この部屋の一室に「お釈迦さん」、
「道教」、「儒教」の導師が祭られているのは中国でもここだけとの事。中味より
岩山にへばりついたお寺そのものが売り物であり日本の箱庭的である。

 そのあと「五台山」へ向う。夕方5時ころ大同を出発したが、途中で暗くなった。
道路は真っ暗、街路灯などというしゃれたもんは全くない。とにかく真っ暗、久しぶ
りの暗闇だ。道路の片側には石炭を積んだ大型車が延々と連なって壮観である。

 夜、到着した「五台山」は中国3大霊場の一つ、標高1800m、高いところは
3000mにもお寺がある。

    ◇   ◇   ◇

 ここで泊まった旅館(あえてホテルとは言わない)は真に中国ローカルである。
まずお風呂はない、簡単なシャワーがるだけ。しかもお湯もチョロチョロ、寒くてと
てもシャワーを浴びる気になれない。また暖房もない、真冬はオーバーを着て寝
るのだろうか?。幸いなことにまだ10月初め、寒いことは寒いが、まだまだ。

 固い、少し匂いのするような「せんべい布団」を2枚被って寝た。「風呂に一晩く
らい入らなくても死にはしない」とか、「やはりホテルがいいな」などと考えながら、
すぐ寝てしまった。わが特技の一つである。

 翌日この「五台山」の寺院へ。実際お坊さんが住んでいる修験場でもあるが観
光化されすぎている。もう少し長逗留し裏を見ると別の顔が見られるのであろうが。

    ◇   ◇   ◇

 さて北京に戻る。途中、石炭の露天掘りが道路沿いに連なる。道路はでこぼこ、
石炭の匂いで窓はとてもあけられたものではない。しかし、その道路沿いにも屋
台で食べ物を売っている人がいる。

 絶対この辺に住んでいる人の肺と胃袋は石炭粉で一杯に違いない。真冬にな
ると暖房も石炭であろうから、さらに空気汚染がひどいことになろう。




■大同市概要

 山西省の北部、万里の長城の内側50キロの地点にあり、
名高い歴史文化と観光の都市で、すでに2000年以上の
歴史がある。

 市内と均衡地区にある歴史遺跡や観光地のうち、「雲岡
石窟」と「恒山の懸空寺」は最も有名で広く国内外に知れ
渡っている。

 良質の石炭を産することでも知られ、北魏の時代から
「黒石」と呼ばれ、採掘されてきた。現在でも石炭産業は
大同市の最大の産業である。
全市280万人のうち石炭産業に従事する人は40万人にの
ぼる。

大同市は黄土高原に位置し、年平均気温は6.8度しかない。
冬はとても寒いが、夏は比較的さわやかで、避暑地として
適している。



 
上海Report−10月 (No.1)


2005年10月9日 9:42

  上海日記 − 食欲と秋   2005/10

                   Renesas 小倉 節生

 皆さんお元気ですか。月日の立つのは早いものです。
上海も朝晩はめっきり涼しくなり、群馬より少し寒い感じです。

10月1日から1週間は「国慶節」で全国的にお休みです。休みといっても以前
書きましたが、本当の休みは3日間だけです。今年の場合は10月1日から7日
まで休みですが、6、7日は8、9日からの振り替えなのです。従って8、9日は
土、日にもかかわらず学校も銀行も仕事をしており、その週は7日間連続出勤
となります。

 この休みを利用して早速「大同市」に向かった。北京から西方に約500Km
のところにある地方都市である。上海では半袖、北京では長袖でいいところを
大同市では厚手のジャンパーを買い込んだ。着ていないと寒くて、寒くて我慢
できない。北京から車で4〜5時間のところだから、長袖のシャツがあればいい
だろうとたかをくくっていたのですが、とてもとても・・・ (この旅日記は別途)。

本日のタイトルは「食欲の秋」。

 秋といえば「運動会と食欲の秋」がまず脳裏に浮かびます。中国では運動会
そのものはあるのだが決まった季節はなく、「秋になんで運動会やるの?」と
いう質問を逆に受けてしまった。勿論秋にやっている学校もあるが。

 食欲については中国語でこのような諺があるのかと聞いてみたが、どうやら
ない。これだけ国土が広くて温度差もあるのだから、全土で「食欲の秋」という
感覚はないのかもしれない。もしくは昔の中国では食べるのが精一杯でそんな
事を考える余裕がなかったのかもしれない。

 中国では食べるものは「火」を通したものがほとんどです。当たり前ですが果
物は生のままです。

 このところ、「ミカン」や「リンゴ」に加え「梨」など果物がとても豊富でしかも安く
てうまい!。果物が大好きな小生にとっては嬉しい限り。その結果、体重が増加
傾向を示しております。これは果物だけではなく上海に慣れてくると「中華」が美
味しいのに加え、「イタ飯」の美味しい店や、「北朝鮮料理」などレパートリーが広
くなってきたのも一因かもしれない。

 もう一つ忘れてはならないのが「松茸」。これは日本料理店しかない。「松茸つ
くし料理」も大変安く、日本の5分の1程度だと思う。食べ過ぎにはくれぐれも要
注意である。

 体重計を買った。近くのスーパーで一番安い奴をだ、これが大失敗、精度が悪い。
0点調整がうまく行かないので誤差は1〜2Kgある。朝、計ってもよくわからん。
高いディジタル表示のあるものを買うべきであった。

 中国では日本以上に、女性は肥満に対して大変気をつけています。「あの少し
太った女性」といっただけで「シー、ダメダメ、それ言っちゃダメ」、それ以来「あの
健康的な女性」と言うことにしている。男の太っているのは裕福に繋がり、とくに
問題ないようですが、太っている人はそれほど多いとは思えない。

 しかし太る要因は沢山ある。まず「食事の時間が長いこと」 → 「沢山食べる」
である。レストランでは、4〜5人で5〜6種類くらいの料理を頼み、それを皆で
食べるのが普通である。

 日本のように丼を自分の分だけ食べればいいのとは違う、「最近、食べ過ぎだ
から軽めで」、なんてできるが、中華の場合注文する人はある程度残すくらい注
文するのが当たり前なのだから、量は多い。
 貧乏性の自分はそれを一生懸命食べる。これがいけないのは判っているのだ
が、なかなか直らないものだ。

 もう一つ油っこいことが挙げられる。食後にお茶を飲みこれが体内の脂肪を落と
すため中国人は太っているひとが少ないと言われるが、小生の感覚からは大い
に疑問である。

 最近、中国でもデブの子供が増えてきていると言われているが思い当たる。
大同市に行って来たと冒頭に書いたが、ここで滝を見に行ったのだが30分くらい
山道を歩く羽目になった。こういうところにはほとんど、どこでも「籠かき」がいてお
金を出せば4人で竹の籠をかついで運んでくれる。ここで「デブガキ」がなんと籠
に乗っているではないか。「まったく、親ばかも極まっている、世も末だ」とは小生
の友人弁、同感。

 ここは山西省なんだ。山西料理の特徴は酢を多用することであり、肥満を防止
する工夫がされていると聞いたことがあるが、当てにならない。

 因みに油ですが、人間ドックで先生に聞いたところ「中国の食事は油を多く使う
がほとんどが植物性油で問題ない。動物性油は食べた後を見れば固まるので
判りますし、高いので中国では植物性でしょう。オリーブ油などは飲んでも健康
によいですから」に納得、事実である。しかし、カロリーとは別問題である。

 もう一つ中国の食堂の油は植物性に間違いないが、古い油を使っているので
それほど単純に健康上問題ないと言い切れるわけではない。

 皆さん、秋です。食べ過ぎにはくれぐれも注意しましょう!




 
上海Report−8月


2005年8月22日 8:37

  上海日記 − 紹興(ショウコウ)への旅   2005/08

                          Renesas 小倉 節生

 今回は上海から近場であり、有名だがなかなか行く機会のない「紹興市」を
訪問した。ここはご存知「紹興酒」で有名なところであるが、歴史的にも有名な
ところでもある。

 春秋時代「越」の国の都で、「臥薪嘗胆」(*1)で有名な場所でもある。また日
本でも大変有名な魯迅の故郷でもあり「魯迅記念館」や幼い頃勉強した「三味
書店」なども見学できるようになっている。

 この「魯迅記念館」などを見たが、きれいに整理され過ぎなんとなく面白みが
ない。しかも80元(約千円)と非常に高い。

 それはさておき、ここは上海から約230km、杭州から60kmのところにある。
杭州から紹興近辺は気候温暖かつ上海という大きな市場がある上、「お茶」の
産地でもあることからか非常に裕福なように見受けられる。

 家は3〜4階建てが多く、外観は非常に綺麗である。杭州では200u程度で
40〜50万元(600万円前後)との事。結構高い気がするが新築の家が多く見
られる。また、街中で見かける人々の着ている衣類にしてもコザッパリしている。

 一方、アンバランスのように感じられるのは、まだ「三輪自転車タクシー」が沢
山走っていることである。乗ってみたいと思ったが言葉が「紹興弁」で私の少し
できる標準語では、行き先も言えないので諦めた。
 これも数年すればなくなるのであろうが、観光用だけではなく市民(若い女性
も)の足の役目を果たしているのである。

 現在、日本サーボの監査長をされている伊藤氏の説を借りると、中国の北方
は騎馬民族であり、長い距離を移動するため近隣のことばの壁がなく「方言」が
少ない。

 他方、南方は農耕民族であり移動する距離が少ないため地方、地方でそれぞ
れの方言がある。紹興でも同じで方言があり、これを「紹興弁」といっている。

 もう一つ、ここの名物は「臭豆腐:チョウトウフ」がある。名物らしいが匂いが私
にはたまらない。緑豆腐と併せて専門店もあり、結構人が入っている。残念なが
ら、私は避けて通っている。味は良いそうだが匂いでダメである。

 さて「紹興酒」であるが夕食時、運転手と一緒にホテルの70年以上の歴史が
あるという店で晩御飯を食べることにした。当然、「紹興酒」は飲む。聞くと8年と
10年の2種類。甕(カメ)から汲んでくるものであり、重さが単位となっている。

 飲むのは常温が普通で周りの人も同じようにしている。しかし男性だけであり、
徐徐に変わりつつあるが上海や北京でも女性がお酒を飲んでいる風景は稀で
ある。

 一斤(500g)を二人で。味はいける!。もともと余り飲める方ではないが、そ
れでも実にうまい。

 運転手曰く、「上海で飲んでいるものより、味が濃くてうまい」。彼はその後ビ
ールを飲む。しかも冷えたものではなく常温のものをだ。私にもすすめてくれる
が飲む気になれない。

 習慣の違いというものは実に面白い。日本では冷えたビールを飲むのが当然
だと思っていたが、世界標準ではないことに、今になって気がついた。

 食べ物も味は少し濃いがあまり辛くもなく「Good!」、中国ではこのような状
況を「口福」という。




■紹興市概要

 紹興市は中国の東南海地区、揚子江デルタ
南部に位置し、中国最大の商工業都市上海か
ら南西に250kmの距離にあります。

 人口約430万人市街区の人口は約30万人です。
 気候は温潤で自然に恵まれ、湖や水路が多く、
「東方のベニス」とも「橋の里」とも称されている
名高い水郷の都市です。
また、中華料理の際に供される紹興酒の産地と
しても有名で、「酒の里」とも言われています。

 紹興は、2,400年余り前の春秋時代(紀元前770年
〜403年)、越の都が置かれました。

 紹興市は、中国を代表する文学家 魯迅をはじめ、
女性革命家 秋瑾、政治家 周恩来など、優れた人
物も輩出しています。

 市内には中国書道の聖地であり、書聖 王 義之が
「蘭亭集序」を書いたところとして名高い「蘭亭」など、
貴重な文化遺跡も数多く残されています。


     ◇  ◇

(*1) 臥薪嘗胆(がしんしょうたん)

〔「史記(越王勾践世家)」「呉越春秋」などから。中国
の春秋時代、越王勾践(こうせん)に父を討たれた呉王
夫差(ふさ)は常に薪(たきぎ)の上に寝て復讐の志を奮
い立たせ、ついに仇を報いた。

敗れた勾践は室内に胆(きも)を掛けてこれを嘗(な)め、
そのにがさで敗戦の恥辱を思い出してついに夫差を滅
ぼしたという故事による〕

敵を討とうとして苦労し、努力すること。目的を達するた
め苦労を重ねること。

肝を嘗(な)む。嘗胆。



 
上海Report−7月


2005年7月25日 19:06

     上海日記−青島(チンタオ)ゴルフ 2005/07
                           Renesas 小倉 節生

 7月に青島で中国人とゴルフをやることになった。6月の旅も「意を決して」と書
いたが、本件も結構高いレベルの「意を決して」となる。

 まず、中国政府関係者から「青島のCES(Consumer Electronics Show)に行
くか」との問い合わせに続き、ゴルフのお誘いをいただいた。持ち前の性格で即
OK。

 金曜日の午後のフライトで上海発予定であるが、その時は日曜日にゴルフを
やるという以外に青島のゴルフ場名は勿論、スタート時間、相手については一
切判らず・・・。

 よくよく考えて見ると、中国人のゴルフに入るのは初めてである。普段日本人
と一緒にゴルフをやり、そこに中国人が入ってくることは珍しくないが、今回はそ
の逆である。言葉も含めだんだん心配になってくる。

 中国には日本の「ゴルフ宅急便」のようなものはなく自分で(飛行機で)運ぶし
かない。「重いクラブを運んでゴルフが出来なかったら、悲しいね」と思いながら
青島へ。

 前日会議の席上でやっと話ができた。場所は「青島国際云々」で「時間は7時
〜7時半には到着してくれ」、とのこと。この云々は中国語から来る小生の理解
不足の由。青島近辺にはゴルフ場は2ケ所で国際がつくのは1ケ所と聞いていた
ので一先ず安心。

 夜になって、6時35分にホテルに迎えにゆくからと電話が入りさらにホッ。

さて当日朝、雨だ、やりたくないのが本音。政府の方と「オムロン」の3名でゴル
フ場へ。結局人が集まらず3人だけとなったようだ。気楽で良かった。

 6時35分にピックアップいただき、7時少し過ぎに到着。ところが予約は7時ス
タートとの事、到着するなりすぐスタート。「練習?そりゃなに?」、という雰囲気。

 神聖な紳士のスポーツというより本当の遊び感覚である、ティーショットは失敗
すると2発打つこともある。ピンを立てたままパッティングをするのも余り抵抗はな
いようだ。打順もお構いなし、その上スコアーをまったくつけない。
これもマア良しか。変なお金をかけるより。

 途中の会話は勿論全て中国語。チョット長めの会話も判らないが、「短い単語」
のやり取りになるともっとわからない、「ダフッた」とか、「トップ」や「アッ、トンボ」と
か判らないときは「???」と首をかしげるだけである。しかしご両人とも非常に
親切で易しいことばで言い直してくれる。その度にキャディー(各人に一人)が笑う。

 ゴルフ場そのものはすばらしい。ラフは深く、グリーンはよく整備されているし、
非常に綺麗である。スコアーをつけていないので、結果がはっきりしないのが残
念であるが90チョットのイメージだ。是非もう一度やってみたい。

 さて18ホールが終わると,“O”氏曰く、午後からホテルで会議があるから失礼。
もう一人の方も「謝謝」、「再見」とシャワーも浴びずにさっさといってしまった。
唖然である。

 「私はこれから上海に飛行機に乗って帰るんだ」、「青島の飛行場もはっきり
言うとどのくらいかかるかも知らないのだ」、とも言えないし。

 しかたなく、シャワーを浴び、着替えをしてタクシーを頼む。時計を見ると時間は
12時少し前。持っている飛行機の切符は夜7時のフライトである。何時からスタ
ートか判らなかったので、このように遅い便を予約しておいてのだ。

 タクシーに乗ると飛行場まで100元だという。「高い」と文句を言うと、「今の時
間、他に車はない」と言う。しぶしぶ了解。
運転手自身全く悪気はなく走っている。途中で「上海は物価が高いだろう」とか
色々話かけてくる。降りるとき「領収書」と言うと。古い領収書を5枚出してきて、
「これを足すと115元になる」、これまた中国的。




■青島(チンタオ)概要

 9世紀末、ドイツがこの地を租界地としたため、
赤いレンガ建ての家並みが美しく、エキゾチック
な雰囲気を漂わせた街である。

 美しい砂浜を持つ海岸があり、夏には避暑地と
して有名で、多くの海水浴客で賑わう。また、1年
を通じて温暖な気候に恵まれ、中国有数の保養地
および観光地として有名である。

 郊外にある開発区は、日系や韓国系企業がさか
んに進出し、一大工業地帯に発展している。

  2008年に北京で開催されるオリンピック種目の内、
ヨット競技の会場が青島ヨットハーバーとなっており、
空港の拡張や青島大橋(青島市内と黄島経済開発
区を結ぶ)の建設、地下鉄の設置などオリンピック対策
のインフラ整備が着々と進められている。




 
上海Report−6月


2005年6月27日 15:57

     旅日記-景徳鎮 2005/06
                          Renesas 小倉 節生

 6月、”意を決して”景徳鎮にでかけることにした。中国に来て是非訪問したい
場所の一つである。

 上海から景徳鎮に行く方法はいろいろあるようだが、電車の場合なんと14
時間近くかかる。飛行機だと1時間程度なのだが、適当な便がないのである。

 そこで土曜日の夜、黄山に行きそこで一泊、翌朝火車で景徳鎮に移動する
ことにした。火車の時間は約3.5時間、これは小生にとって、初めてLocal火車
に乗る機会でもあり興味深々といったところである。

 中国の列車(火車という)には硬座(普通席)と軟座(グリーン席)があります。
安い方法でと思って硬座を予約しようとしたが、いろいろな人が「危ない」とか
「汚い」とか「メチャメチャ混んでいる」とか言うので、軟座とすることにした。とこ
ろが、売り切れだという、しかたなしにこの軟座の寝台ということになってしまっ
た。昼間走るのでも寝台があるのだ。

 また、上海ではこの火車の切符は買えないのである。黄山のホテルに依頼
して取ってもらうしかない。勿論有料である。普通だと25元くらいで行けるとこ
ろが、120元近くになってしまうが致し方ない。

 さて夜、黄山に着くと雲助タクシーが沢山いる。「ホテルまでと頼むと、もっと
安いホテルがあるからそこに行こう」と盛んに誘う。今回予約しているところは
5★で380元、100元で充分だと言う、全くうるさいものだ。

 朝、火車の駅に行くと待合室は結構混雑しているし、あまり綺麗ではない。
カゴにいれて鶏の雛を売っている人もいる、勿論「ピーピー」鳴いている奴をだ。
病気など全く気にしている様子はない。余り近づかないようにする。

 火車に乗り込むと、思いのほか空いているし綺麗だ、全く問題なし。硬座を見
てみると、なかなか綺麗で比較的すいている。これはこの時が日曜の朝だから
かもしれない。

 景徳鎮に着くと、まだ10時前だ。“地球の歩き方”を片手にタクシーに乗る。
初乗りが7元と安い(上海や北京では10元)。そこで貸切をするといくらと聞く
と200元。いつもの値切り交渉をし、朝10時から夜9時半発の飛行機に間に
合うまで170元で交渉成立。日本円で2,200円くらいだ。

 「昼飯」、この運転手に「安くて美味しい店に連れて行ってくれ」と頼むと、行
きつけの店に連れて行ってくれた。普通の店だ。「ビーフン」がうまいという。
これに「野菜炒め」を頼もうとしたら、これだけで充分なのに何で注文するんだと
文句を言う。しかたなしにその「ビーフン」だけの3元の食事をしたが味はgood、
しかし辛い。

 街の街路灯やごみ箱も陶器でできているし、町全体が陶器ビジネスを中心に
動いており、結構豊かな街のように感じられた。

 しかし、陶器自体は古いものから新創作品まで色々なものが混在しており、
面白い反面、自分の感じていた「景徳鎮」の陶器のイメージと違っていたのが
残念でもあった。

 よく知っている人に案内していただくとまた、違った「景徳鎮」をみることができ
るのだと思う。でも、いろいろな品を買って帰りました。




■景徳鎮市の概要

中国江西省に位置し、上海の西方約600km、人口約140
万人、面積約5,800km2です。

近くの高嶺山に良質の磁器原料(カオリン)が産出し、燃料
の薪が豊富だったことから、世界有数の磁器の街として発展
し、「瓷都」とも呼ばれ、日本のやきものにも影響を与えてきま
した。
現在も人口の約半分が窯業の関係に従事しています。


     ◇  ◇

■景徳鎮の磁器

中国最大の磁器の生産地・景徳鎮。良質な土を産することか
ら、元代以後、歴代王朝の御用窯が造られ、磁器の都として
栄えてきました。



 
上海Report−5月


2005年5月22日 0:25

今回、上海の交通事情がテーマです。

 中国での車のナンバープレートですが、まず最初に地名(上海の場合さんず
いに戸)、その後に英文字2桁、数字4桁。普通は青色のバックに白文字。
政府などの公用車は白バックに黒文字。バスなどは黄色バックに黒文字と
なっています。

また、パトカーも結構走っていますが、面白いことに制服姿の警官は見かけず、
乗っているのは私服の人達で、本当に警察の人かなと感じます。

また、運転手さんもあまり敬意を表すという感じではなく、このパトカーをドンドン
追い越してゆきます。

しかし中国人も警察は怖くあまり近寄りたがらないのは万国共通のようです、
中国に「警匪一家」という言葉があり、警察と賊は一家即ち同じ穴のムジナと
いったところのようで、日本流でいうと警察とヤクザがつるんでいるというような
意味です。

そこで昔は駐在する場合、警察と仲良くなっておくといい、といわれていましたが、
少なくとも上海では最近そのような事は特に必要ないように思われます。田舎の
方にゆくと、まだその習慣が残っているようです。

 上海の交通事情に戻りますがまず「マナー」、はっきり言って悪い。一応法律的
には歩行者優先ということになってはいますが実際には自動車が最優先です。

例えば横断歩道を青信号だと思って歩いていても、右折車(中国は日本と逆の
車は右側通行です)がくると「パッパー」と警笛を鳴らしながら突っ込んでくる。
つまり「どけろ、どけろ」と歩いている人を、かきわけて通過するのが当たり前です
ので、歩いている人も安心してはいけない。

歩行者は青信号でも赤信号でも渡れる時、渡るのが中国流。青で行っても危ない
のだから赤でも同じという理論かもしれない。

 最近大きな交差点には黄色のハッピを着た人達が赤信号で渡る人がいると、
「ピイー」と笛がならす。すなわち交通指導員が見張りをしています。現地の人達
は悪いことをしているとの認識が無いので、この人がいないときは・・・・。

小学生の子供達への教育をするか、罰金制度を導入するとかしないとよくなると
は思えない。
因みに運転手は日本の強制保険に相当するものに入らなければならないのです
が、死亡保険金はMAXで日本円約40万円だそうでですから、私も絶対よけます。
(勿論高くてもよけますが)

この金額については中国のタクシー運転手にとっては非常に高額です。私のイメー
ジですが運転手にとっては1,000万円以上の感覚だと思います。これを引き上げ
るとタクシー運転手がやってゆけなくなるとか、日本にもありましたが、「アタリ屋」
が出てくるとか・・・・。

 自動車の値段は広州ホンダのアコードがほぼ10万元(130万円)です。しかし
上海の場合これにナンバープレート代金が(地域・時期によって異なる)2,000
元〜3,700元、大体30万円程度かかるのでほぼ200万円弱ということになりま
す。

日本の生活レベルと簡単に比較は難しいが500万〜600万円程度のイメージか
と思います。

 ガソリンの値段は最近値上がりし、1リットル約4元(52円)です。私が赴任した
一年前は約3元といっていましたので30%以上アップしていることになり、自家用
車を持つことは庶民にはまだ高嶺の花といったところです。

 もう一つ、交通渋滞が大変ひどくなってきています、1年前より確実にひどくなっ
てきているように感じます。これは北京も同じです。北京はナンバープレート代金が
安いので自家用車を持っている家の比率は20%近くなっているとのことで、通勤
時間帯の交通渋滞に拍車をかけています。
オリンピックの時にどうするのか心配になってきます。

 もう一つ、路上で威張っているのが自転車です。上海大都市(人口1,700万人)
の通勤の足はバス、地下鉄もありますが、自転車が非常に多い。この自転車は日
本のように道の端を申し訳なさそうに走っているのではな、く自動車と阿吽(あうん)
の呼吸で堂々と走っている。中にはでっかい荷物を積んで走っているのもよく見か
ける。自動車に乗っていると危なっかしい事この上ない。当然、小さな事故はよく見
かける。
因みに自転車の値段大体300〜500元、電気自転車になると1,000〜2,000
元。

 もう一つ、車の免許のとり方がわかった。費用は地域によって大きく異なっている
ことも。上海は高いそうな。

 キチンと自動車学校に通い免許をとるこれは約3,000元、自動車学校に入るの
だが授業をサボる(お金で買う)場合はさらにお金がかかる。

 我々日本人が免許をとる場合は、約200元で何種類かの試験(視力や反射神
経)と簡単な筆記試験をうければいいのだそうだ。筆記試験は外国人には通訳をつ
けてもいいそうな。
記念に取ってみようかなと思っています・・・・。

                   /小倉




 
上海Report−4月


2005年4月25日 8:38

 皆さん本当に暖かくなってきました。上海の気候はほぼ東京と同じですので
春が来たと感じるのは、同じくうきうき感覚のようです。

 中国は広いと言われますが、中国の2大都市のもう一方の北京は冬が滅法
寒い。1月に訪問した時お天道さんが真上にあるにもかかわらず、マイナス10
度くらいですから信じられない寒さでした。
正直言って冬場はあまり住みたくない所かな。しかし、春を待ち焦がれる思い
は大変熱いものがあるようです。春の期間が比較的短く、すぐ夏が来て「暑い、
暑い」季節になってしまいます。

 上海のゴルフ場に桜の花をみつけました。まだ若木だからかもしれませんが、
なんとなく花がちらほらで寂しげな様子です。本数も少ないこともありますが日
本のような満開とはほど遠い状況です。
しかし、桃の花園(桃園)は所々にあるようです。是非行ってみたいと思ってい
るのですが、今年も行く機会はありませんでした。
もう一つ、まっ黄色の菜の花畑は上海と蘇州の途中で見ることができます、これ
もなかなか見事なものです。これを地元の人に話すと「ふん」で終わり、お弁当
を持ってハイキングのような発想は全くないようです。

 今回は最近の「デモ」の話をします。先日上海でも、皆さんもTVでごらんになっ
た方も多いかと思います。その1週間前には北京でデモが行われ、北京人は
「上海人は自分の事(お金)しか考えないからデモなんてないよ。」などいわれ
ていました。

 デモ前日に日本領事館に確認しても、「正式にはデモは認められていない」
というだけで特に明確にされていませんでした。
しかし、我々の携帯メールには「デモは認められていませんので参加しないよう
に」という伝言が、現地の人には沢山の「デモのお誘い」メール入っていました。

 当日朝10時ころ、デモの通り道と言われていた付近を車で移動したのですが、
比較的小さな2つのデモ集団が気勢をあげ、道路の両側には警察が沢山見守っ
ており、その外側や歩道橋の上には沢山の人がいました。見ているとなんとなく、
そのエネルギーに恐怖を感じました。この人達が途中で加わりドンドン大きくなっ
たようです。

 夕方、領事館の付近は10万人近くにふくらみ、あのような出来事になったよう
です。地元のTVでは簡単に紹介されただけ(正確にはよくわかりませんでした。)
ですが、日本のBSニュースの方がはっきり丁寧に紹介されました。

 しかし、このニュースを見ていると上海中がデモで一杯のような感じですが、
実際は学生と一部の人が中心で特定の場所が沸騰しているような感じです。

 これは「学生デモ、なんでやっているの?」という人や、「デモに加わったのは学
生と浮浪者で、抗日をきっかけとして中国社会の貧富の差や幹部の腐敗に対す
る鬱憤払いをした。」という人がいるように大半の人は結構冷静に受け止めて
いる人が多いからだと思います。

 知り合いの方や会社関係者の心中については判りませんが、表向きには今ま
でと同じように対応していただけるのでホッとしています。

 しかし、その後夕方デモの通った後を見ると一件のラーメン屋の窓ガラスが粉々
になっていました。これを見ると群集心理の怖さを感じるとともに、ここが中国、異
国であることを再認識しました。それとともに数人の若い中国人が歩いていると、
少し距離をおいたり少し避けるようになってきました。

 「Renesas」も含めて日本の会社の看板が沢山みられ、普段異国をあまり感じ
ないこの上海ですが「上海人から見たらどう感じられるのか?」、単純に経済面だ
けを考えての中国進出ではなく「共存共栄」、すなわち地域活動や地域貢献など
も積極的に行い、かつPRすることに大切さを感じているこの頃です。

                   /小倉



 
上海Report−3月


2005年3月23日 10:09

 まことに月日の経つのは早いですね、私が上海に来てもうすぐ1年になります。

 新鮮な目と好奇心を常に意識しながら生活しています。その為だけではないの
ですが、今回アパートを引っ越すことにしました。今の部屋は綺麗で気に入って
いるのですが、少し中国らしいところに移ることにしました。

 これからまた、新しい環境のもとで小さな冒険をすることを楽しみたいと思っ
ています。「引越し」って面倒ですが思いきって。

 今回は「中国の銀行」についてです。

 まず、どこに行っても銀行がやたらと多い。西の果てといわれる新疆ウィグ
ル地区でも同じだ。日本では最近、統廃合で随分少なくなったが、その前と比
べても中国の数の多さは決して負けることはないように思える。その上キャッ
シング(ATM)できる場所がやたらと多い。

 日本の銀行も是非、真似てほしいことは365日24時間使えることである。
場所も街角に置いてあり、一見無防備に見えなくも無いが、とにかく便利である。

 ついつい、「将来銀行の統廃があるのだろうとか」、「カードの信頼性が上がり
もっと使うようになればATMも少なくなるのだろうか」、などとよけいな心配をし
てしまう。

 現在、カードについては使う上で問題はないのだが、現金で支払うことが多い。
これは先人の教えのせいでもある。お札のMAXが100元(約1,300円)
だから10万円(7,000〜8,000元)も持つと、財布が膨らんでしかたが
ない。そこでチョクチョク下ろせるようにとATMが多いのかもしれない。

 新聞などで、自動販売機がよく壊されたりする話を耳(目)にするがATM
が壊されたり、そこからお金が盗まれたりした話は聞いたことがない。因みに
自販機は地下鉄の切符売り場に少し見かけるくらいで、非常に少ない。

 またまた話がそれるが、某メーカーから「電力会社から電線を盗まれて困る
ので、盗られたらその場所を特定できる方法はないか」と相談されているのだ
が、との相談。これは山の中の鉄塔と鉄塔の間の電線が何Kmも盗られること
が度々あるのだそうな。

 先日、広州市では「マンホールの蓋の盗難にあって困っている」との話も出
たり、なかなか面白い。しかし、ATMの盗難については、ATMを盗ると厳罰
なのか、他の問題なのかそこはわからない。

 話を元に戻して、銀行のシステムなどはほぼ同じであるが銀行員の態度は
決して良いとは言えない。先日の日曜日、近くの銀行の中にあるATMコー
ナー(日曜日も開いている)でお金を下ろそうとしたら、いつも使っている
ATMには先人。新しいATMに挑戦。

 カードを入れるスロットが二つあるやつだ、何気なしに下の方に入れようと
したが、入れにくい。そこで上の口に入れたところ何の抵抗もなしに入った。
引っ張られる感覚もなしにだ。ところが待っても画面が変わらない。ボタンを
押しても何も変わらない。落ち着いて、入れたスロットを良く見るとそれは単
なる穴だけ!私のカードがその穴のすぐ下に落ちているのが見えるではないか!

 近くの緊急電話で連絡、ところが自動応答で何を言っているのかサッパリわ
からない。日頃の勉強が役に立っていない。アタフタ・・・。

 銀行の中に入ってゆくと、人がいる。助かった。ところがこれも簡単ではな
い。まず英語で“Do you speak English?”、ところが反応なし。中国語で英
語はしゃべれるかと聞いたら“YES”。そこで少しましな英語で状況説明して
もどうもわかってもらえない。

 もう一人お姉ちゃんが来てなにか話しを始めたが判ってもらえない。しかた
なく、自信のない中国で、「ATMにカードが食べられた」、これがなんと通
じた、表現方法って世界標準なんですね。

 やっと判ってもらえたらしくそのお姉ちゃんが鍵束をもってきた。ほっと一
息!。ところがこのATMの鍵は上海政府の管理下にあり、この銀行には無い
というのだ。

もしだれかに盗られたら困るというと。
「これはだれも盗られない。私も暗証番号しらないから、大丈夫」。
「では明日くるから、あなたの名前と名刺をください」。
「私の名刺はない」と銀行の名刺に名前を書いてくれた。

 翌日、秘書にお願いしてその名刺のあて先に電話をしてもらったが、書い
てある名前はその人ではなく別の人で、この種の仕事を担当してらしく、また
最初から質問が始まる。くそー。

 「その内リストラされるぞ」などと心で思っても、決して怒ってはならない。
2日経って無事返却。良かった良かった。

 先週確認のためにそのATMを見てきたら、ちゃんと蓋がされていた。
さすが。

                   /小倉




 
上海Report−2月


2005年2月27日 0:13

 みなさん
 先月に続き今月も中国では「明けましておめでとうございます」なんです。

 中国では旧暦(農暦ともいいます)の正月を盛大にお祝いします。
 「春節」といい、今年は2月9日が元旦に当ります。
勿論殆どの会社は大晦日から1週間お休みです。

 上海の人口1700万人といわれていますが、大半は外地人(上海以外から来てい
る人)で
この人達はこの時期故郷に帰り、父母/兄弟や親戚と過ごすのが大切な
習慣です。


 私が時々行く散髪屋のお姉さんは四川省に帰るので3週間の休みをとるのだそ
うな。
帰ると言っても簡単ではありません、一番安い方法である列車(鈍行)で、
丸2日かかるそうで日本のように1週間の休みではどうしようもないです。

 この様に書くと羨ましく思う方も居ると思いますが、 彼女達の場合普段は1ケ月に
一度しか休みはないのです。


 前にも書いたと思いますが、わがアパートの前にある万頭屋は夫婦2人でやっ
いますが
2月7日から24日までお休みでしたので、キット遠くからきているのでし
ょう。
昨日、開店し早速1ケ0.7元(約10円)を2ケ買って朝ご飯としました。

 大晦日の晩上海にいたのですが、夜の爆竹と花火は凄いものがあります。
爆竹は邪気
を払うということで、中国人の大切なしきたりです。
自分の家の前や公園、アパートの前でやりますが、中途半端なものでは なく、
アパートの16階にいても地響きがあるくらいです。勿論花火も12時少し前から

始まり30分くらい続きます。

 新聞から、面白い話をひろいますと、まず爆竹ですが、このため興奮した犬に
まれた話、難聴で
医者が賑わっている話、北京では禁止しているため北京郊外
へ爆竹をするため道路が
大混雑した話などを読んで、さもありなんとニタニタ。

 これは是非体験してみる価値があります。
興味ある方は来年のこの時期中国
に足を運んでください。


 これも新聞記事からですが、長期の休みで上海に帰ってこない人が多いことは
想像されますが
我々に理解しがたい、面白い話(失礼かも)は春節後に離婚が
急増するのだそうな。


一人っ子政策世代の夫婦がそれぞれの家にばらばらで帰ると「うちの嫁が来ない」
「うちの亭主が来ない」
で離婚。二人で行っても一方の両親は来ないことになるの
で、離婚をすすめるのだそうな。

なんとなく一人っ子でわがままに育てられている××息子/××娘/親××が多く
なって
いるんでしょう。

 大晦日の晩御飯に家族で集まって食事をするのが慣わし、と聞き、わが社の女
性宅にお邪魔
し彼女の家族と一緒に食事をさせてもらうという、貴重な体験をさせ
てもらいました。


 チョット心配で何度も「問題ない?」と聞いたが、OKというので、のこのこと。
この時噂で聞いていた「餃子」を食べるかと思いきや、餃子は中国東北の習慣で、
彼女の家では
大きなレストランにでかけての食事でした。

 彼女のご両親、お兄さんと奥さん、その奥さんのご両親7人と小生と友人のI氏
の計9名の食事。
 彼女のお母さんと隣で約2時間中国語を話ながらの食事、チョット疲れたが
楽しい時間を過ごしました。

             /小倉



 
上海Report−1月


2005年1月31日 8:34

みなさん
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
2005年ですね、時日の経つのは早いものですね.。

 今回は再度散髪屋さんについてです。

そうです、またまた挑戦しました。しかも12月末と今年初めの2回。
昨年行ったところは、もはや潰れてしまっており
新しいところを開拓しました。

 それは小生のアパートのすぐ近くの普通の全く庶民的な床屋さんです。まず
髪を切ってもらうことと染めてもらうことの両方をしてもらおうと、勇んで。
(今度は事前に辞書で髪を切ってもらうことは”理髪;リファー”、染めても
らうときは ”染頭髪”と調べておいたので万全だろうと )

 まず、染めてくれ、はOK。ところが、洗髪もしないで染めようとする。これ
はおかしい と思い、”洗って”というと怪訝な顔つきながら、この染める液
体は事前に洗う必要はないとしつこい。やっと説得して洗髪と染髪までは成功、
やった。

 次はパーマをかけるのかと聞いてきた、当然いらないと。
ところがどうしても髪を切ってくれない、手でハサミの格好で”チョキチョキ”と
やってもまた、パーマをかけるのかと聞いてくるので、自信満々”いらない”と
答える。
そうするとドライヤーを使って整髪し始めた。う〜ん、まあ仕方ないとあきら
めて帰って即不良解析だ。

”チェントウ”は髪を切ることで、自分が言われていたことは髪を切りますか?
との質問で私が理解していたのは”チュエン’で巻くの意味だと思ったからです。
パーマをかけるは”タン”と言い,後で考えると全く笑い話を地で行っている様
です。

 早速1月半ばですが、今度はしっかり”チェントウ”で成功。
ついでながら、そこでマッサージをやってくれるというのでやってもらった。
なかなか上手だ。これから当分ここに行こうと思っています。

料金ですが、髪を切る(洗ってくれます)だけで15元、マッサージ20元、
染めてもらうと80元といったところです。回数増えそうです。

 中国の正月は2月9日で、今それに備えて飾り付けなどが盛んに行われてい
ます。
また、地方から来ている人の多くは田舎に帰るそうです。マッサージのお姉
さんも四川に、行きは列車で2日掛かり、帰りは飛行機で2時間だそうな。

 家に帰るときお土産などはどうするのか聞いてみたが、う〜ん、言っている
ことがよくわからん。修行不足也。

                   /小倉

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